韓非子 -中国の思想
韓非子の核心
韓非子の思想の核心は法術であり、法律・法令を全ての人民が従うべき唯一絶対の基準とし、術により臣下を制御するべきと書いた。
この韓非子という書物は君主に向けたものであり、ひとりの人間が絶対的な権力者となるためには法の確立とその運営のための徹底した人事管理が答えであると説いた。
韓非と始皇帝の関係
もともと韓非は富国強兵の道は法術を採用する以外ないと韓王安に上奏したものの自国では採用されず、敵国である秦王政により採用されそのまま祖国韓が滅ぼされるという皮肉な結果になっている。
秦王政は韓非子を読み大変感嘆し、ついには韓へ攻め入って韓非と面会している。
韓非は秦王政に気に入られたものの、吃音・口下手が原因で登用されず、登用を恐れた秦王政の宰相・李斯の策略により、自ら毒を盛り死んでいる。
このように韓非は秦王政に登用されることはなかったものの、政が中国を統一し始皇帝になってからも法術の採用や焚書坑儒など韓非の教えは秦へ授けられた。
二柄
権柄という言葉があるように権力には斧のような柄がついていると考えられている。
そこで韓非子は二柄に分け、それぞれの柄を意識して使うことで、国という組織を想いのままに動かすことができると説いた。
二柄とは刑と徳のことで、刑とは罰を加えること、徳とは賞を与えることである。
臣下とは刑を恐れ、徳を喜ぶので、君主は刑で脅し、徳で釣ることで臣下を想いのままに操る事ができる
二柄ともに絶対に手放さない
ここで重要なのは君主は二柄ともに手放してはいけないということである。
君主が二柄ともに手放し、自分で賞罰を行わず臣下に任せてしまうことは論外であるが、もしも「人民に恨まれるから」と罰を与える事だけ手放してしまっても臣下によって統率されてしまう。
つまり君主は二柄ともに手放さないとことが重要である。
形名参同
賞罰の運用については臣下の言葉(名)と実績(形)とを照合すべきである。
まずは臣下に目標を申告させ、その目標に応じた任務を与える。
臣下が最初の申告通りに成果を上げれば賞を与え、申告と一致しなければ罰を与える。
この賞罰のポイントは申告と一致しているかどうかであり、成果が大きいか小さいかではない。
賞をもらいたいがあまり、過小に申告する者もいるからである。
ここで韓非子の有名なエピソードがある。
昔、韓の昭候が酒に酔ってうたた寝をしていた時、冠係が昭候に着物をかけた。
起きた昭候は喜んだが、着物を掛けた冠係と衣装係の両方を罰した。
衣装係は自分の仕事を全うしなかったため、冠係は自分の職務以上の任務を行ったからである。
臣下たちが自分の役割をきちんと守り、申告と成果の不一致は罪に問うように徹底すると、臣下たちが徒党を組んで庇い合うことができなくなる。
去好去悪、群臣見素
臣下は君主を心から愛していることは少なく、ほとんどが自分の利益のために仕えている。
もしも君主の好き嫌いを臣下が見抜いてしまえば、嫌われそうなことを見せず、好みに合うことができるフリをする。
つまり君主が嫌悪の感情を表に出すと、臣下は表面を取り繕って君主の地位を脅かすようになる。
君主と臣下の関係は計算ずくであり、君主は絶対に騙されてはいけない。
形名参同により賞罰を完成させるには、温情などもってのほかなのである。
備内
君主にとって人を信じることは有害であり、人を信じると自分が人に抑えられてしまう。
まず臣下は君主と血縁関係にあるわけでなく、やむを得ず服従しているだけだ。
したがって臣下は君主の隙をつくため、寸時も休むことなく君主の本心を窺っている。
また君主が妻を信ずれば腹黒い臣下が妻を利用して私欲を遂げようとする。
このように君主は他人のことを信用してはならない。
たとえ身内の妻や子どもであっても、だ。
妻は血縁により夫と結ばれていないので、妻自身も君主の死を願っているかもしれない。
自分が産んだ子が君主の座につきさえすれば、何事も妻の思い通りになるので、毒をもったり闇討ちしたりといったお家騒動が始まるのだ。
禍在所愛-禍は愛するところにあり
車を作る職人は人がみな金持ちになれば良いと思い、棺桶を作る職人は人がみな早く死ねば良いと思っている。
善か悪かではなくその方が金が儲かるからである。
同様に妻が君主の死を願うのは君主が憎いのでなく、自分たちの利益になるからだ。
したがって自分が死んだ後に利益を得る者への警戒を怠ってはいけない。
いくら外敵に備えようと、実は敵は内部にいる。
禍はむしろ愛するところがら生じるのだ。
明君は法術で治める
明君は証拠のないことは取り上げず、食べ慣れない食事を口にしない。
遠くも近くも自分の目と耳を働かせ、臣下がどこにいてもその落ち度を見逃さない。
様々な角度から臣下の申告と成果を突き合わせ、申告と成果の不一致を許さない。
法をもって臣下を統率し、まぐれ当たりには賞を与えず、職分を外れた行為は許さない。
処刑すべきものを処刑し、罪あるものは逃さない。
孤憤
重臣とは君命もないのに勝手に振る舞い、法を無視して私欲をとげ、国民の財産で私腹を肥やし、君主を思いのままに操る者である。
ひとりの重臣が独裁権を握ると、外国の人は交渉をスムーズに進めるため、国内の諸官は出世をするため、君主の侍従は君主から離されないため、学者は自らの待遇を良くするために重臣の手先になる。
この四重の壁に重臣という悪者が隠れているのだ。
目隠しされた君主
術を得たものであれば遠くまで目が届きくまなく見通す。
くまなく見通す目がなければ他人の秘密を見破ることなどできない。
もしも彼が君主の信頼を得れば、重臣の秘密が見抜かれるだろう。
また法に通じた者であればその意思は固く、行動も徹底している。
徹底した行動がなければ、悪事を正すことはできない。
もしも彼が君主の信頼を得れば、重臣の悪事は暴かれるであろう。
しかしながら重臣は仇敵である彼らを君主に推薦するはずもなく、君主はこの四重の壁に隠れた重臣の正体を見破れずに、重臣の実権がますます拡大していくのである。
人主いずれの時に悟るを得んや
重臣は君主に仕えて長いので信頼も厚く、君主のご機嫌取りもお手のもので、仲間や手下も彼を褒め称える。
逆に法術により君主に意見をしようとする者は有利な条件はなく、君主の好みに逆らうので孤立無援の立場にある。
重臣は君主に近いのに自分は遠い、重臣は君主に仕えて長いのに自分は浅い、重臣は君主に媚び諂うのに自分は君主の好みに逆らう、重臣は位が高いのに自分は立場が低い、弁舌だけを頼りに国全体へ立ち向かう。以上の5つ、法術の士にどれも勝ち目はない。
法術の士はいったいどうやって進言の機会を得たら良いのか、君主が目を覚ますのはいつなのだろう。

